会社法(以下「法」といいます。)において、取締役は会社の業務執行者として経営に関する事項から会社の業務(法第348条第1項、第349条参照)まで非常に広範囲の権限を有しています。
こうした取締役の権限は会社の所有者である株主からの信任に基づき適切な会社経営を行うために認められるものです。そのため、会社法上取締役は様々な義務や責任を負います。
本記事では、この取締役が負う義務や責任について解説します。
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取締役と会社の関係(委任・善管注意義務)
取締役が会社に対して負う義務や責任を考えるに当たって、まずは会社と取締役の法律関係から解説を始めます。
取締役は、株主総会決議により選任されます(会社法第329条第1項)。取締役が選任され就任すると、会社と取締役の関係は委任関係となります(会社法第330条)。つまり、会社と取締役との間では委任契約(民法643条)が締結されることになります。
委任契約において受任者(取締役)は委任者(会社)に対して善管注意義務を負います(民法第644条)。
したがって、まず取締役は会社に対し善管注意義務を負うこととなります。
取締役の会社法上の義務(忠実義務・競業避止義務)
では、取締役が会社に対し負う義務は善管注意義務のみなのでしょうか。この点について会社法は取締役が会社に対し忠実義務(法第355条)を負う旨を明記しています。この忠実義務については以下のように定められています。
取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。
つまり、取締役は法令・定款違反を生じることがないようにする義務、株主総会決議を遵守する義務を負うほか、忠実に職務を行う義務を負う旨が定められているのです。
これらの忠実義務や善管注意義務から取締役は会社に対し利益相反取引を原則として禁止される他、競業避止義務を負うことが会社法上定められています。
このように、会社法上、取締役は会社の業務執行者として様々な義務を負うことになります。
では、取締役のそれぞれの義務はどのような場合に義務違反となるのでしょうか。ここからは具体的なケース毎にご紹介いたします。
善管注意義務と忠実義務
前述のとおり、取締役は善管注意義務および忠実義務を負いますが、実務上特に問題とされやすいのが、善管注意義務違反です。
取締役が経営専門家として善管注意義務違反の有無について問題となるケースは次のとおりです。
A社は事業拡大や経営基盤の強化のために、自己の子会社であるB社の株式を全株取得し、100%子会社とすることを考え、B社から1株5万円で取得することをA社の代表取締役Yは決定した。しかし、Yが監査法人へB社株の算定を依頼した際には、B社株は1株1万円程度という評価であった。
このようなケースでは主にYが1株5万円でB社株を取得することを決定した行為について善管注意義務違反が認められないかが問題となります。
この点については、判例は経営判断原則と呼ばれる取締役の裁量を広い範囲で認め、判断の過程・内容に著しく不合理な点がない限りは善管注意義務違反には当たらないという考え方を採用しています(最判平成22年7月15日)。
そのため、以上のようなケースでは、Yが監査法人から得た見解以外にもどのような情報を収集し、価格決定までのプロセスを行ったのかという点や、最終的に1株5万円と決定した判断までの過程や内容に著しく不合理な点がないかが検討されることになります。
競業避止義務
忠実義務から派生する義務として取締役が負う義務に競業避止義務が挙げられます。
競業避止義務とは、「会社の事業に属する取引」を行うに当たっては株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)の事前の承認を要するという義務です(会社法第356条第1項第1号)。
競業避止義務が問題となるケースとしては、スーパーマーケットなどの小売業を営んでいるA社の取締役Xが、自己が代表取締役となってスーパーマーケットのお店を出店するというケース等が典型的な競業避止義務の問題となります。
この場合にはXは、A社で株主総会(取締役会)の承認を得る必要があります。
取締役の義務について解説してきましたが、ここからは取締役が義務違反をした場合にどのような責任を負うのかについて解説します。
任務懈怠責任
善管注意義務違反や忠実義務違反等の結果、会社に損害を生じた場合には取締役は会社に対し任務懈怠責任(法第423条第1項)を負います。任務懈怠責任が認められる場合、取締役は会社に対し損害賠償責任を負うことになります。
この任務懈怠責任の追及は会社が原告となって請求することができますが、それ以外にも一定の株主が原告となって責任追及の訴えを行う、いわゆる株主代表訴訟によっても請求が可能となっています(法第847条第1項)。
第三者に対する責任
任務懈怠責任が会社に対し、損害を生じた場合の責任であるのに対し、取締役が職務執行を行った結果、第三者に損害が生じてしまうケースがあります。
取締役が職務を行うに当たって悪意・重過失があったときに、これによって第三者に生じた損害について賠償する責任を会社法は定めています(法第429条第1項)。
この第三者に対する責任は、取締役が、会社が債務超過に陥っている事を認識しつつ仕入れを行った結果、支払いが受けられず、取引先に損害が生じてしまったようなケースで、取引先から取締役個人に対して損害賠償請求を行う際等に用いられます。
責任の限定とD&O保険
では、取締役は常にこうした責任を負うリスクを負った上で業務執行を行う必要があるのでしょうか。
特に実務上問題となりやすい任務懈怠責任については、取締役の経営判断のミスが責任追及につながる可能性もあるため、取締役や経営者としては不安の種の一つといえるでしょう。
これについて、会社法は①責任の免除と②一部免除を認めています。
①の責任の免除については総株主の同意(法第424条)が必要となります。
また、②一部免除は以下の3つの方法によることで認められます。
・株主総会決議(特別決議)による一部免除(法第425条第1項、第309条第2項第8号)
・取締役等による一部免除(法第426条第1項)
・責任限定契約(法第427条)の締結による一部免責(非業務執行役員のみ)
その他の方法として、実務上用いられている方法にD&O保険と呼ばれる、取締役等がこうした賠償請求を受けた際にその賠償額を補填する保険に加入するという方法があります。
2021年3月1日の改正会社法施行に伴い、こうした保険に加入する際には取締役会決議が必要となっています(法第430条の3第1項)。上場会社の多くで用いられている方法のため、未加入の場合には自社でも必要の有無を検討するのも良いでしょう。
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