企業経営において重要な役割を担う取締役。その職務遂行にあたっては、「善管注意義務」という重要な法的責任が課せられています。
この義務に違反すると、任務懈怠による損害賠償や責任追及のリスクが生じますが、その具体的な内容や責任の範囲は複雑で、多くの経営者や株主にとって悩ましい問題となっています。
そこで、この記事では、取締役の善管注意義務の基本的な概念や、違反事例、責任の範囲について詳しく解説します。
特に、任務懈怠や損害賠償のリスクについても触れ、企業経営における注意義務の重要性を理解していただきます。是非、最後までお読みください。
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そもそも取締役の善管注意義務って何?
取締役の善管注意義務とは、企業の経営を担う取締役が、会社や株主の利益を守るために善良な管理者としての注意をもって職務を遂行することを求める法的義務です。
この義務は、会社の利益を守るために必要不可欠であり、取締役が適切な判断を行うための基盤となります。
もし、この義務に違反した場合、取締役は会社や第三者に対して損害賠償責任を負う可能性があるため、取締役は常に高い水準の注意を求められます。
ここでは、善管注意義務の法的根拠や具体的な内容、そして取締役の経験や会社の状況に応じて変化する義務の水準について詳しく解説し、企業経営におけるこの義務の重要性を考察します。
善管注意義務の根拠は?
善管注意義務は、法律において複数の条文で規定されています。
民法第644条:
「受任者は委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって事務を処理すべきである」と定められています。この条文は、委任関係における受任者の義務を明確にし、取締役が業務を遂行する際に求められる注意水準の基礎となっています。
会社法第330条:
「株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。」と規定されています。この条文により、取締役と会社の関係が委任関係であることが明確化され、取締役は会社の利益を最優先に考え、善管注意義務に基づいて行動することが求められています。
善管注意義務の概要と主要構成要素
善管注意義務の具体的な内容や水準は、取締役の過去の経験や専門的知識の程度、会社の規模や業種、取締役の地位などの状況に応じて異なります。
以下が、善管注意義務の主要な構成要素です。
忠実義務:
取締役は会社の利益を最優先し、忠実に職務を遂行する義務があります。これには、会社の方針や目標に沿った行動、利益相反取引の回避、競業避止などが含まれます。
注意義務:
経営判断を行う際、合理的な情報収集と分析を行い、適切な判断を下す義務があります。意思決定の過程が合理的で、その内容が著しく不合理でない限り、結果的に会社に損害が生じても善管注意義務違反とはなりません。
監督義務:
他の取締役や従業員の業務執行を監視し、必要に応じて是正措置を講じる義務があります。内部統制システムの構築やコンプライアンスの運用も含まれます。
善管注意義務の水準が変動する要素とその根拠
善管注意義務の水準は、以下の要素によって変動することが、判例や学説によって認められています。
1. 会社の規模や業種:
大企業や金融機関では、より高度な注意義務が求められます。これは、会社法第330条の解釈および判例法理に基づいており、特に最高裁判所平成21年7月9日判決では、会社の規模や業種に応じて求められる内部統制システムの水準が異なることが示されています。
2. 取締役の地位:
代表取締役や業務執行取締役には、より高い水準の義務が課されます。これは、会社法第363条に規定される職務執行状況の報告義務などから導かれます。
3. 専門性:
財務や法務などの専門家である取締役には、その専門分野においてより高度な注意義務が求められます。これは、民法第644条の「善良な管理者の注意」の解釈に基づいています。
4. 会社の状況:
経営危機時には、平常時よりも高度な注意義務が求められます。大阪地裁平成12年9月20日判決(大和銀行事件)では、この点が明確に示されています。
5. 時代の変化:
社会の価値観や技術の進歩に伴い、求められる注意義務の内容も変化します。例えば、近年の判例では情報セキュリティ対策の重要性が指摘されるなど、時代に応じた解釈がなされています。
これらの要素は、個別の事案ごとに総合的に判断され、具体的な善管注意義務の水準が決定されます。
取締役は、これらを十分に理解し、自身の立場や会社の状況に応じて適切な注意を払うことが求められます。
このような変動的な義務の水準は、企業経営の多様性と複雑性を反映したものであり、取締役の責任を適切に評価する上で重要な役割を果たしています。
取締役に求められる善管注意義務は、忠実義務、注意義務、監督義務の3つの主要な要素から構成されており、これらは取締役の経験や専門性、会社の規模や業種、地位などによって異なります。
取締役は、これらの要素を十分に理解し、自身の立場や会社の状況に応じた適切な判断と行動を行うことが求められています。
善管注意義務違反の事例
取締役の善管注意義務は、経営危機や不正行為が発生した場合、その重要性が一層増します。最高裁は、こうした状況における取締役の責任について、いくつかの重要な判決を下してきました。
ここでは、具体的な事例として日本システム技術事件と大和銀行事件を取り上げ、内部統制システムの構築義務や経営危機時における取締役の役割、さらにはその実務への影響について解説します。
事例A:内部統制システムと取締役の善管注意義務(最高裁判所平成21年7月9日判決:日本システム技術事件)
この判決は、ソフトウェア開発・販売会社日本システム技術の従業員が架空売上を計上し、有価証券報告書に虚偽記載を行った事件で、取締役の責任が問われました。原審の東京高裁は、取締役が不正行為を防ぐための内部統制システム構築義務を怠り、元株主の請求を認める判決を下しました。
最高裁の判断
しかし、最高裁は、会社が職務を分担し、相互にチェックする体制を設けていたことを考慮し、当時の状況で取締役に「より高度な」内部統制システムを構築する義務があったとは言えないと判断しました。そのため、東京高裁の判決を破棄し、元株主の請求を棄却しました。
内部統制システムに関する義務
最高裁は、取締役には会社法362条に基づき、通常の不正行為を防止する程度の内部統制システムを構築する義務があるとしました。この判決は、善管注意義務が会社の規模や業種によって異なる可能性を示し、すべての会社に同じ基準を適用することが適切でないとしています。また、経営判断の原則を内部統制システムにも適用することが重要であると強調しています。
事例B:経営危機時における取締役の善管注意義務(大阪地裁平成12年9月20日判決:大和銀行事件)
大和銀行事件は、1990年代の経営危機において、大和銀行が不良債権処理の失敗により経営が悪化した事例です。この事件では、取締役が適切な経営判断を怠ったとして、善管注意義務違反が問われました。最高裁はこのケースを通じて、経営者の注意義務の水準について重要な判断を下しました。
経営危機時の高い注意義務の必要性
判決では、会社が経営危機に陥っている場合、取締役には通常よりも高度な注意義務が求められることが明確に示されました。経営危機は企業の存続に直結するため、経営者は特に慎重な判断を行う必要があります。
具体的な状況の考慮
注意義務の具体的な内容は、会社の規模や業種、経営状況、取引慣行、その他の具体的な状況に応じて判断されるべきとされています。これにより、経営者は自社の特性を考慮した適切な対応が求められます。
リスク管理体制の重要性
特に金融機関においては、適切なリスク管理体制を構築・維持することが取締役の重要な義務であることが強調されました。経営者は、危機の状況を正確に把握し、迅速かつ適切な対応を取ることが求められます。
判決の影響と実務への影響
この判決以降、経営危機時における取締役の注意義務の水準が高くなることが広く認識されるようになりました。企業は、経営状況が悪化した際には、より慎重かつ積極的な対応が求められることを意識する必要があります。
実務においては、この判決を踏まえ、企業は平常時からリスク管理体制を整備し、経営危機の兆候を早期に察知できるシステムを構築することが重要となっています。また、経営危機時には、取締役はより積極的に情報収集を行い、迅速かつ適切な判断を下すことが求められます。このように、経営危機時の注意義務の強化は、企業の持続可能な運営にとって不可欠な要素となっています。
日本システム技術事件と大和銀行事件は、取締役の善管注意義務に関する重要な判例として位置付けられています。日本システム技術事件では、取締役の内部統制システム構築義務が問われ、最高裁は職務分担やチェック体制を考慮し、義務の水準を明確にしました。一方、大和銀行事件では、経営危機における取締役の注意義務の強化が示され、企業の存続に直結する状況下での慎重な判断が求められました。これらの判決は、取締役が自社の状況に応じた適切な対応を行うための指針となり、リスク管理体制の重要性を浮き彫りにしています。経営者はこれらの事例を踏まえ、危機管理の意識を高め、持続可能な運営を目指す必要があります。
取締役の善管注意義務違反の責任範囲はどれくらい?
取締役の善管注意義務違反は会社経営に重大な影響を与え、その責任範囲の理解は企業統治において極めて重要です。
善管注意義務違反の基本的な責任範囲
取締役は会社との委任関係に基づき、善良な管理者としての地位にあります。この地位ゆえに、高度な注意義務が課せられ、その違反は厳しく問われます。
1. 会社に対する損害賠償責任
・会社法第423条に基づき、取締役の任務懈怠によって会社に生じた損害を賠償する責任があります。
・損害額は、任務懈怠と相当因果関係のある範囲内で算定されます。
2. 第三者に対する損害賠償責任
・会社法第429条により、取締役の任務懈怠によって第三者に損害を与えた場合、その賠償責任を負
います。
・この責任は、故意または重大な過失がある場合に限定されます。
3 株主代表訴訟による責任追及
・会社法第847条に基づき、株主は会社のために取締役の責任を追及する訴訟(株主代表訴訟)を提
起できます。
・勝訴した場合、賠償金は会社に支払われます。
善管注意義務違反の基本的な責任範囲
責任の種類 | 根拠法 | 対象 | 主な条件・特徴 |
---|
会社に対する 損害賠償責任 | 会社法第423条 | 会社 | ・任務懈怠による損害 ・相当因果関係必要 |
第三者に対する 損害賠償責任 | 会社法第429条 | 第三者 | ・任務懈怠による損害 ・故意あるいは重大な過失必要 |
株主代表訴訟 | 会社法第847条 | 会社(株主が提訴) | ・6ヶ月以上の株式保有 ・勝訴時に会社に賠償 |
責任限定契約 | 会社法第427条 | 社外取締役等 | ・善意かつ重過失なし ・賠償責任額に上限 |
責任軽減制度 | 会社法 第425条・第426条 | 取締役全般 | ・総株主同意あるいは定款規定 ・一定範囲で責任免除 |
善管注意義務違反の具体例
1. 違法行為の関与
取締役自身が違法行為に関与した場合、これは任務懈怠に該当し、善管注意義務違反として責任を問われる可能性が高くなります。
2. 監督義務の怠慢
取締役が他の取締役や従業員による違法行為や不正を発見できなかった場合、または発見しても適切な対応を怠った場合、監督義務の懈怠として善管注意義務違反に問われる可能性があります。取締役は、内部統制システムの構築・運用や、定期的な業務報告の確認など、会社全体の業務執行を適切に監督する必要があります。
責任範囲を限定する要素
1. 経営判断の原則
取締役の経営判断が、当時の状況下で合理的な情報収集と検討に基づいていれば、結果的に会社に損害が生じても責任を問われない場合があります。
2. 責任限定契約
会社法第427条により、社外取締役等との間で責任限定契約を締結することが可能です。これによって、善意でかつ重大な過失がない場合の賠償責任額に上限を設けることができます。
3. 責任軽減の制度
会社法第425条・第426条に基づき、総株主の同意や定款の定めにより、取締役の責任を一定範囲で免除することが可能です。
これらの要素を考慮しつつ、個々の事案に応じて取締役の責任範囲が判断されることになります。
取締役の善管注意義務とその責任
取締役の善管注意義務は、会社法および民法に基づく重要な法的責任です。この義務は、忠実義務、注意義務、監督義務の3つの側面を持ち、取締役の経験や会社の状況に応じて水準が変動します。
善管注意義務の内容には、会社の利益を最優先すること、適切な経営判断を行うこと、内部統制システムの構築が含まれます。これに違反した場合、取締役は会社や第三者に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
日本システム技術事件や大和銀行事件などの判例を通じて、内部統制システムの構築義務や経営危機時における取締役の役割が明確にされました。これらの判決は、企業の規模や状況に応じた適切な対応の必要性を示しています。
責任範囲は広範ですが、経営判断の原則や責任限定契約、責任軽減制度などにより一定の制限が可能です。取締役は、これらの要素を考慮し、自社の特性に応じた適切な経営判断と行動が求められます。
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執筆者:GVA 法人登記 編集部(GVA TECH株式会社)/ 監修:GVA 法律事務所 コーポレートチーム
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